2008.06.29.23:28
2008.06.25.16:12
産まれたばかりのあっちゃんは、急いで出てきたせいで肺の中に羊水が残ってしまい呼吸が苦しそう。
ずっと「あ゛ぁ〜あ゛ぁ〜」苦しそうに小さな声で唸っていました
2日だけ早産ということもあったので、その日は保育器に入ることに。
分娩台で休憩中はのりくんが撮ったあっちゃんのビデオを見ながら過ごしました。
入院する部屋へ向かう前に新生児室へ行き、あっちゃんとご対面

小さなあっちゃんを見ながらどっちに似てるかとか話したり、ビデオを撮ったり。
まさか、この後あっちゃんが別の病院に連れて行かれるとは思いもしませんでした。
部屋に戻ってからは家族に報告メールや電話をしてました。
その後呼び出しが入り、新生児室へ。
そこには小児科の先生がいて、あっちゃんの状態について説明がありました。
あっちゃんの呼吸が苦しそうなのがなかなか治らず、うちの病院ではあっちゃんを治療するには不十分なので、設備の整った病院へ搬送したほうがいいとのことでした。
途中、血液中の酸素濃度をはかるために足からの採血。
泣き叫ぶあっちゃんを見て号泣してしまいました
救急車のサイレンが聞こえ、救急隊の人とNICUの女医さんがあっちゃんを迎えにきました。
一緒に行ってもいいか?というのりくんに「来てもらっても何も出来ないので2時間後に病院にいらしてください」と言われ、私とのりくん、出産に立ち会った女医さんと助産師さんで見送りました。
あんなに小さいのに、まだ産まれて数時間なのに、1人で別の病院に向かわせなければならないことが辛くて辛くて、涙が止まらなかった。
そんな私を見て、のりくんも泣いていました・・・。
それからはさっきまでの嬉しい気持ちはどこかへ行ってしまって、ただただ病室で泣いていました。
小児科の先生の「治るから大丈夫よ!」の言葉だけを頼りにのりくんと励ましあってました。
夕方になってのりくんが総合病院へ向かいました。
その時のあっちゃん

口からの呼吸器は必要ないと判断され、鼻からの酸素吸入。
保育器のなかの酸素濃度も高めでした。
点滴のために腕は固定され、いろんなものがつけられていて痛々しかった〜
翌日の朝はのりくんが出社前に様子を見にいってくれました。
夜は私もオシモの痛みに耐えながら、面会に行きました。

このときはもう鼻からの管は外され、呼吸がしやすいようにうつぶせに。

あっちゃんは面会に行くたびにひとつずつ付いてるものが外され、わたし達を元気づけてくれました。

鼻からミルクをもらってました。テープがハートで可愛い


保育器から出た日。
この日初めてのりくんはあっちゃんを抱っこ
(産まれたときに抱っこできたんだけど、私に一番に抱っこさせるために遠慮してたんです。抱っこしないまま搬送されて可愛そうでした
)
それはそれは嬉しそうでした〜
あっちゃんのいない入院生活は本当に辛かったなぁ。。
母乳指導。
のりくんの撮ってくれたビデオや写真を見ながら、あっちゃんに届けたい一心で何時間も出ないおっぱいから泣きながら搾乳してました。
レストランであったお祝いランチ。
他のお母さんが赤ちゃんのお世話で大変な話を笑顔で聞いていたけど、部屋に戻って大泣き。
沐浴指導。
あっちゃんが戻ってきたら入れてあげるんだ!と一生懸命見てました。
NICUで初めて搾乳した母乳を哺乳瓶で飲ませたとき、母乳がじわ〜っと出てきてパジャマが濡れました。
うまくできないかもしれないけど・・・と初めてそのときおっぱいを吸わせました。
嬉しくて嬉しくて
今、母乳で頑張れるのはこのときのことがあったからだと思います。
NICUでもおっぱいの指導、沐浴指導、丁寧に教えてもらいました。
みなさん親切で親しみやすくて、毎日の面会であっちゃんの様子を聞けるのが楽しみでした。

晴れて退院の日。NICUの看護師さんに撮って貰った家族初ショット☆
元の病院に帰ってきてからは黄疸の検査でひっかかり、それからまた1日離れ離れ
そんなこんなで母子同室になったのは退院する前の日の24時間だけ
その24時間はずっとあっちゃんを見ては嬉しくて、幸せで、やっぱり泣いてました(笑)
いまでもこのときのことを思い出すと涙が止まらないけれど、これから育児で悩んだ時にきっとプラスになる思い出だと思います。
頑張ってくれたあっちゃんとのりくんのために、これからも頑張って子育てするぞ〜

ずっと「あ゛ぁ〜あ゛ぁ〜」苦しそうに小さな声で唸っていました

2日だけ早産ということもあったので、その日は保育器に入ることに。
分娩台で休憩中はのりくんが撮ったあっちゃんのビデオを見ながら過ごしました。
入院する部屋へ向かう前に新生児室へ行き、あっちゃんとご対面


小さなあっちゃんを見ながらどっちに似てるかとか話したり、ビデオを撮ったり。
まさか、この後あっちゃんが別の病院に連れて行かれるとは思いもしませんでした。
部屋に戻ってからは家族に報告メールや電話をしてました。
その後呼び出しが入り、新生児室へ。
そこには小児科の先生がいて、あっちゃんの状態について説明がありました。
あっちゃんの呼吸が苦しそうなのがなかなか治らず、うちの病院ではあっちゃんを治療するには不十分なので、設備の整った病院へ搬送したほうがいいとのことでした。
途中、血液中の酸素濃度をはかるために足からの採血。
泣き叫ぶあっちゃんを見て号泣してしまいました

救急車のサイレンが聞こえ、救急隊の人とNICUの女医さんがあっちゃんを迎えにきました。
一緒に行ってもいいか?というのりくんに「来てもらっても何も出来ないので2時間後に病院にいらしてください」と言われ、私とのりくん、出産に立ち会った女医さんと助産師さんで見送りました。
あんなに小さいのに、まだ産まれて数時間なのに、1人で別の病院に向かわせなければならないことが辛くて辛くて、涙が止まらなかった。
そんな私を見て、のりくんも泣いていました・・・。
それからはさっきまでの嬉しい気持ちはどこかへ行ってしまって、ただただ病室で泣いていました。
小児科の先生の「治るから大丈夫よ!」の言葉だけを頼りにのりくんと励ましあってました。
夕方になってのりくんが総合病院へ向かいました。
その時のあっちゃん

口からの呼吸器は必要ないと判断され、鼻からの酸素吸入。
保育器のなかの酸素濃度も高めでした。
点滴のために腕は固定され、いろんなものがつけられていて痛々しかった〜

翌日の朝はのりくんが出社前に様子を見にいってくれました。
夜は私もオシモの痛みに耐えながら、面会に行きました。

このときはもう鼻からの管は外され、呼吸がしやすいようにうつぶせに。

あっちゃんは面会に行くたびにひとつずつ付いてるものが外され、わたし達を元気づけてくれました。

鼻からミルクをもらってました。テープがハートで可愛い



保育器から出た日。
この日初めてのりくんはあっちゃんを抱っこ

(産まれたときに抱っこできたんだけど、私に一番に抱っこさせるために遠慮してたんです。抱っこしないまま搬送されて可愛そうでした
)それはそれは嬉しそうでした〜

あっちゃんのいない入院生活は本当に辛かったなぁ。。
母乳指導。
のりくんの撮ってくれたビデオや写真を見ながら、あっちゃんに届けたい一心で何時間も出ないおっぱいから泣きながら搾乳してました。
レストランであったお祝いランチ。
他のお母さんが赤ちゃんのお世話で大変な話を笑顔で聞いていたけど、部屋に戻って大泣き。
沐浴指導。
あっちゃんが戻ってきたら入れてあげるんだ!と一生懸命見てました。
NICUで初めて搾乳した母乳を哺乳瓶で飲ませたとき、母乳がじわ〜っと出てきてパジャマが濡れました。
うまくできないかもしれないけど・・・と初めてそのときおっぱいを吸わせました。
嬉しくて嬉しくて

今、母乳で頑張れるのはこのときのことがあったからだと思います。
NICUでもおっぱいの指導、沐浴指導、丁寧に教えてもらいました。
みなさん親切で親しみやすくて、毎日の面会であっちゃんの様子を聞けるのが楽しみでした。

晴れて退院の日。NICUの看護師さんに撮って貰った家族初ショット☆
元の病院に帰ってきてからは黄疸の検査でひっかかり、それからまた1日離れ離れ

そんなこんなで母子同室になったのは退院する前の日の24時間だけ

その24時間はずっとあっちゃんを見ては嬉しくて、幸せで、やっぱり泣いてました(笑)
いまでもこのときのことを思い出すと涙が止まらないけれど、これから育児で悩んだ時にきっとプラスになる思い出だと思います。
頑張ってくれたあっちゃんとのりくんのために、これからも頑張って子育てするぞ〜

2008.06.06.23:46
車椅子で分娩室に運ばれた私。
「自分で分娩台に上がれる〜?」と言われ、陣痛が来たら自力じゃ上がれない!と思った私は
急いで両手を分娩台につき、ひざからよじよじと上りました
横になり足を立てると助産師さんに膝上まであるカバーを付けられました。
目の前に時計があったので時刻は午前10時50分と確認。
「ここからどれだけ時間がかかるんだろう・・・」
そう思いながらも、もうベビたんに会えるんだー!と気持ちは前向きでした
まわりが慌しく準備するなか先生も到着。
この日は女医さんが担当の日で、少し安心しました(内診が痛くない唯一の先生だったので)
「●●(苗字)さんだよねー?随分早いねー」なんて言われてました。
ビデオカメラを用意し、立会いの準備をしたのりくんも入ってきました。
不安でいっぱいだったので、のりくんが来た時はすごく嬉しかった
助産師さんから「陣痛が来たらそれにのってフーではいて、ウンで息をとめてイキむよー。フー・ウンだよー。」と説明されたけど、正直“説明それだけ!?”と思いながらも、ブログ友達のようちゃんに「硬いうんちを出すようにイキむ
」と聞いていたので、陣痛の波にあわせて「フーーーウーーン!!!」と力を入れました。
「ウーーーーーーーン
」とイキみたいのに、途中で助産師さんに「はい、もう一回息吸って!フーーーー」と言われ、頭の中では“えー、まだふんばりたいのに!!」とちょっと動揺
でも指示に従おうと1度の陣痛で2・3度「フーーー、ウーーン!!!」を繰り返したかな。
お腹にNSTを巻いていたので陣痛の波が周りにも見えているので、イキみたがる私に助産師さんは
「今陣痛来てないよー。イキんじゃダメ!力抜いて!」とちょっと恐かったです。
でも陣痛がきてないときにイキむと赤ちゃんも苦しいようなので、指示にはしたがわなければ。
のりくんも「ウーーーン!!!」のときは一緒に枕を持ち上げてふんばってくれました。
陣痛の波がきていない時は案外冷静だったけど、陣痛のあまりの痛さに次の陣痛がくるのが恐くて
まわりは案外バタバタしていて私だけに集中してくれるわけでもなく、陣痛がくるたびに「痛い・・・」と小さな声で訴えると助産師さんが「はいは〜い」みたいなカンジで来てイキむってカンジでした。
途中、冷静な顔の女医さんが会陰切開の説明を淡々としてくれました。
陣痛の波が来たら麻酔をチク、チクっと何箇所かしていました
そして「次の陣痛のときに切りますねー」と言って陣痛で苦しむなか「ジョキッ」って切られました。
今まで下腹部が猛烈に熱いというか痛いカンジだったんだけど、なぜか一度陣痛が遠のいた後
今度は膣のあたりが激しく痛みました。
このとき、ベビたんの頭が挟まっていたようです。
次に来た陣痛で再びイキむと「はい、力抜いて短く息はいてー!ハッハッハッだよー」と言われ、わけもわからず言われたとおりに呼吸しました



するとズルっと痛みもなくあっちゃんが出てきて産声をあげてくれました
時刻は午前11時17分
分娩室に入って27分で出産でした
その時の感想は「え!?もう???」ってカンジで正直あっけなかったかな。
のりくんのほうを見る余裕はなくて、差し出されたあっちゃんの右手と握手をしました。
カメラで2枚生まれたてのあっちゃんをパチリ
この時、滅多に泣かないのりくんも男泣きしていたようです。
あっちゃんはキレイにするために別室につれていかれ、のりくんもここからビデオをスタンバイ。
あっちゃんのもとに行く前に「よく頑張ったね。」と頭をなでて褒めてくれました
あとは別室で泣くあっちゃんの泣き声を聞きながら、胎盤を出す処置と会陰の縫合です。
胎盤を出すのは痛くはなかったけど内臓がゆっくりもたったり(?)引っ張られる不思議な感覚。
早産だったのでさい帯血バンクに提供することができず残念でした。
会陰縫合は思っていた以上に縫うなぁというのが感想でした。
麻酔しているので痛くはないけど、引っ張られるような感覚があったので早く終わって欲しかった。
縫合が終わってからも分娩台で2時間くらい休んでました。
途中血圧と悪露の状態を何度も見てました(お腹を押して悪露を出し、出血量を測定)
キレイにしてもらったあっちゃんが連れてこられ、のりくんと3人で写真を撮ってもらったりしました。
とっても幸せな時間だったなー
その後あっちゃんは呼吸が上手にできないということで保育器に入ることになり、そして別の総合病院のNICUに搬送されることになるのでした・・・。

「自分で分娩台に上がれる〜?」と言われ、陣痛が来たら自力じゃ上がれない!と思った私は
急いで両手を分娩台につき、ひざからよじよじと上りました

横になり足を立てると助産師さんに膝上まであるカバーを付けられました。
目の前に時計があったので時刻は午前10時50分と確認。
「ここからどれだけ時間がかかるんだろう・・・」
そう思いながらも、もうベビたんに会えるんだー!と気持ちは前向きでした

まわりが慌しく準備するなか先生も到着。
この日は女医さんが担当の日で、少し安心しました(内診が痛くない唯一の先生だったので)
「●●(苗字)さんだよねー?随分早いねー」なんて言われてました。
ビデオカメラを用意し、立会いの準備をしたのりくんも入ってきました。
不安でいっぱいだったので、のりくんが来た時はすごく嬉しかった

助産師さんから「陣痛が来たらそれにのってフーではいて、ウンで息をとめてイキむよー。フー・ウンだよー。」と説明されたけど、正直“説明それだけ!?”と思いながらも、ブログ友達のようちゃんに「硬いうんちを出すようにイキむ
」と聞いていたので、陣痛の波にあわせて「フーーーウーーン!!!」と力を入れました。「ウーーーーーーーン
」とイキみたいのに、途中で助産師さんに「はい、もう一回息吸って!フーーーー」と言われ、頭の中では“えー、まだふんばりたいのに!!」とちょっと動揺
でも指示に従おうと1度の陣痛で2・3度「フーーー、ウーーン!!!」を繰り返したかな。
お腹にNSTを巻いていたので陣痛の波が周りにも見えているので、イキみたがる私に助産師さんは
「今陣痛来てないよー。イキんじゃダメ!力抜いて!」とちょっと恐かったです。
でも陣痛がきてないときにイキむと赤ちゃんも苦しいようなので、指示にはしたがわなければ。
のりくんも「ウーーーン!!!」のときは一緒に枕を持ち上げてふんばってくれました。
陣痛の波がきていない時は案外冷静だったけど、陣痛のあまりの痛さに次の陣痛がくるのが恐くて

まわりは案外バタバタしていて私だけに集中してくれるわけでもなく、陣痛がくるたびに「痛い・・・」と小さな声で訴えると助産師さんが「はいは〜い」みたいなカンジで来てイキむってカンジでした。
途中、冷静な顔の女医さんが会陰切開の説明を淡々としてくれました。
陣痛の波が来たら麻酔をチク、チクっと何箇所かしていました

そして「次の陣痛のときに切りますねー」と言って陣痛で苦しむなか「ジョキッ」って切られました。
今まで下腹部が猛烈に熱いというか痛いカンジだったんだけど、なぜか一度陣痛が遠のいた後
今度は膣のあたりが激しく痛みました。
このとき、ベビたんの頭が挟まっていたようです。
次に来た陣痛で再びイキむと「はい、力抜いて短く息はいてー!ハッハッハッだよー」と言われ、わけもわからず言われたとおりに呼吸しました




するとズルっと痛みもなくあっちゃんが出てきて産声をあげてくれました

時刻は午前11時17分

分娩室に入って27分で出産でした

その時の感想は「え!?もう???」ってカンジで正直あっけなかったかな。
のりくんのほうを見る余裕はなくて、差し出されたあっちゃんの右手と握手をしました。
カメラで2枚生まれたてのあっちゃんをパチリ

この時、滅多に泣かないのりくんも男泣きしていたようです。
あっちゃんはキレイにするために別室につれていかれ、のりくんもここからビデオをスタンバイ。
あっちゃんのもとに行く前に「よく頑張ったね。」と頭をなでて褒めてくれました

あとは別室で泣くあっちゃんの泣き声を聞きながら、胎盤を出す処置と会陰の縫合です。
胎盤を出すのは痛くはなかったけど内臓がゆっくりもたったり(?)引っ張られる不思議な感覚。
早産だったのでさい帯血バンクに提供することができず残念でした。
会陰縫合は思っていた以上に縫うなぁというのが感想でした。
麻酔しているので痛くはないけど、引っ張られるような感覚があったので早く終わって欲しかった。
縫合が終わってからも分娩台で2時間くらい休んでました。
途中血圧と悪露の状態を何度も見てました(お腹を押して悪露を出し、出血量を測定)
キレイにしてもらったあっちゃんが連れてこられ、のりくんと3人で写真を撮ってもらったりしました。
とっても幸せな時間だったなー

その後あっちゃんは呼吸が上手にできないということで保育器に入ることになり、そして別の総合病院のNICUに搬送されることになるのでした・・・。
2008.06.01.05:16
あっちゃん誕生となる5月18日、36w5dの朝4時。
一度トイレに目が覚めました
このときなぜか足の浮腫みが気になって、布団に戻った私は足を高くして寝なおしました。
布団から足を出していたせいで冷えたのかこむら返りで5時に起き
「足つった!足つった!!
」とのりくんもたたき起こしました
衝撃的に目が覚めた後、下痢のようなお腹の痛みがありました。
便を柔らかくする薬を飲んでいたのでそのせいかな〜なんて思いながらトイレで軽く力もうとしたその時・・・
シャーっと勢いよく何かが出ました。明らかにオシッコとは違うところから・・・。
「自分の意思では止まらないのが破水」と入院中に看護師さんから聞いていたので
もう一度お腹に軽く力を入れるとまたシャーっと出ました
“よし、止めてみよう”とチャレンジ!
・・・止まりません
携帯を持ってトイレに入っていたので時刻は午前5時4分と確認。
もし破水からはじまったらどうしようと思っていた私は、退院したあとに薬局で
破水・悪露用パッドを購入していました(めちゃでかいナプキンのようなの)
それを家のリビングや寝室、トイレなどに置いていたので、ゆっくり立ち上がり装着。
丁度起きてリビングに向かうのりくんに、トイレの中から「破水したかも〜」と言いました。
それから病院に電話し、予定日と先週まで切迫早産で入院していたこと、破水したときの状況を伝えました
前日まとめていた入院グッズと、のりくんはビデオカメラなどの撮影機材一式をもって家を出発
途中コンビニに寄ってもらい、おにぎりやカロリーメイトなどの食料と、お茶とジュースを沢山購入。
朝早かったので病院までは10分くらいで着きました
その間も羊水はシャー、シャーと出たり止まったり。
パッドがあったことでどこも汚さずに済みました。
(このパッド、産後は悪露用ナプキンとして使いきったので無駄にはならずおススメ
)
病院に着いて状況を話し、入院の手続きを済ませたあと助産師さんの内診がありました。
この時点で「破水に間違いないですね。赤ちゃんは下がってきてるし子宮口も3cm開いてきてます。順調に陣痛がついてくるとおもいますよ」と言われました。
時間は6時少し前だったかな。
分娩室が2階にある病院なので、2階の部屋に入る人は大体陣痛・分娩待ちの妊婦さんです。
そこでおにぎりを食べながら「もうすぐベビたんに会えるねー」なんて余裕でした。
7時半に朝ご飯
その頃には8分間隔の規則的な陣痛があり、あまり食べる気にならず。。
陣痛の痛みは呼吸を深く吸って〜はいて〜で乗り切れるくらい。
このとき助かったのがカイロとうちわ。
朝早かったので寒かったのとこむらがえりした左足が冷たくてカイロで温めてました。
カイロは腰を温めたり、うちわは陣痛が遠のいたときにめちゃめちゃ暑かったので、のりくんに都度扇いでもらいました。
もちろんテニスボールも持参していたので役に立ちました!
(ただ私は出産までが速かったので、使用する時間は短かったかな〜
)
9時半頃にあった先生の内診では子宮口3.5〜4cm開大。
「今日明日中には生まれるでしょう。破水しているので、3日経っても赤ちゃんが降りてこない場合は誘発します」とのことでした。
この内診のあとくらいから急激に陣痛の間隔が短くなったように思います。
陣痛と陣痛の間に休息時間があるはずなのに、休息時間がない!というのが3回くらい続けてありました。
ついさっきまで5分間隔だったと思ったのに。
のりくんの両手をにぎりしめながら必死に時間が過ぎるのを待ちました
このときの痛みはひどーーーーい生理痛。まだ我慢できます。
でも呼吸するのが精一杯
まだまだ時間がかかると思っていたので“この状態があと何時間続くんだろう・・”と不安でいっぱいでした。
そんな中「おしっこがしたい・・・」そう思った私は短い休息時間に部屋の外にあるトイレに向かいました。
ひとりではこわかったのでのりくんにつかまりながら。
歩くのが辛かったので、トイレまでの短い距離を2度止まりました。
そしてやっとのことでトイレに入るとすごい出血!!
出血した途端下腹部に今までにないくらい激しい痛みが襲ってきて、ベビたんがメリメリと回転しながら下がっていくような猛烈な痛みを感じました。
「ヤバイ・・・」イキみたい衝動が抑えられず、羊水もジャージャー止まりません。
便座に座ったまま動けなくなりナースコール
看護師さんがかけつけてくれ腰をさすってくれたり、呼吸を促したりしてくれました。
トイレの中で必死に陣痛が遠のくのを待ちました。
自然と「フーン、フーン」と呼吸が荒くなり、話すことすらできない。
ものすごい汗が体中から出てきて、便座がぬるぬるしていたのを覚えてます。
“ここで産まれるんじゃないか・・・”そんな時間が15分くらい続きました。
一瞬陣痛が遠のいたとき、急いで部屋へ戻りました。
その日担当のベテラン助産師さんが内診してくれたのですが、朝の時点では「まだまだ時間かかるよー」なんて言っていたのに、内診した瞬間「・・・こりゃ産まれるわ
」とナースコール。
「車椅子持ってきてー。206号室(子宮口)全開ですー」
ものすごい勢いで私を乗せた車椅子は分娩室に入っていったのでした。

一度トイレに目が覚めました

このときなぜか足の浮腫みが気になって、布団に戻った私は足を高くして寝なおしました。
布団から足を出していたせいで冷えたのかこむら返りで5時に起き
「足つった!足つった!!
」とのりくんもたたき起こしました
衝撃的に目が覚めた後、下痢のようなお腹の痛みがありました。
便を柔らかくする薬を飲んでいたのでそのせいかな〜なんて思いながらトイレで軽く力もうとしたその時・・・
シャーっと勢いよく何かが出ました。明らかにオシッコとは違うところから・・・。
「自分の意思では止まらないのが破水」と入院中に看護師さんから聞いていたので
もう一度お腹に軽く力を入れるとまたシャーっと出ました

“よし、止めてみよう”とチャレンジ!
・・・止まりません
携帯を持ってトイレに入っていたので時刻は午前5時4分と確認。
もし破水からはじまったらどうしようと思っていた私は、退院したあとに薬局で
破水・悪露用パッドを購入していました(めちゃでかいナプキンのようなの)
それを家のリビングや寝室、トイレなどに置いていたので、ゆっくり立ち上がり装着。
丁度起きてリビングに向かうのりくんに、トイレの中から「破水したかも〜」と言いました。
それから病院に電話し、予定日と先週まで切迫早産で入院していたこと、破水したときの状況を伝えました

前日まとめていた入院グッズと、のりくんはビデオカメラなどの撮影機材一式をもって家を出発

途中コンビニに寄ってもらい、おにぎりやカロリーメイトなどの食料と、お茶とジュースを沢山購入。
朝早かったので病院までは10分くらいで着きました

その間も羊水はシャー、シャーと出たり止まったり。
パッドがあったことでどこも汚さずに済みました。
(このパッド、産後は悪露用ナプキンとして使いきったので無駄にはならずおススメ
)病院に着いて状況を話し、入院の手続きを済ませたあと助産師さんの内診がありました。
この時点で「破水に間違いないですね。赤ちゃんは下がってきてるし子宮口も3cm開いてきてます。順調に陣痛がついてくるとおもいますよ」と言われました。
時間は6時少し前だったかな。
分娩室が2階にある病院なので、2階の部屋に入る人は大体陣痛・分娩待ちの妊婦さんです。
そこでおにぎりを食べながら「もうすぐベビたんに会えるねー」なんて余裕でした。
7時半に朝ご飯

その頃には8分間隔の規則的な陣痛があり、あまり食べる気にならず。。
陣痛の痛みは呼吸を深く吸って〜はいて〜で乗り切れるくらい。
このとき助かったのがカイロとうちわ。
朝早かったので寒かったのとこむらがえりした左足が冷たくてカイロで温めてました。
カイロは腰を温めたり、うちわは陣痛が遠のいたときにめちゃめちゃ暑かったので、のりくんに都度扇いでもらいました。
もちろんテニスボールも持参していたので役に立ちました!
(ただ私は出産までが速かったので、使用する時間は短かったかな〜
)9時半頃にあった先生の内診では子宮口3.5〜4cm開大。
「今日明日中には生まれるでしょう。破水しているので、3日経っても赤ちゃんが降りてこない場合は誘発します」とのことでした。
この内診のあとくらいから急激に陣痛の間隔が短くなったように思います。
陣痛と陣痛の間に休息時間があるはずなのに、休息時間がない!というのが3回くらい続けてありました。
ついさっきまで5分間隔だったと思ったのに。
のりくんの両手をにぎりしめながら必死に時間が過ぎるのを待ちました

このときの痛みはひどーーーーい生理痛。まだ我慢できます。
でも呼吸するのが精一杯

まだまだ時間がかかると思っていたので“この状態があと何時間続くんだろう・・”と不安でいっぱいでした。
そんな中「おしっこがしたい・・・」そう思った私は短い休息時間に部屋の外にあるトイレに向かいました。
ひとりではこわかったのでのりくんにつかまりながら。
歩くのが辛かったので、トイレまでの短い距離を2度止まりました。
そしてやっとのことでトイレに入るとすごい出血!!
出血した途端下腹部に今までにないくらい激しい痛みが襲ってきて、ベビたんがメリメリと回転しながら下がっていくような猛烈な痛みを感じました。
「ヤバイ・・・」イキみたい衝動が抑えられず、羊水もジャージャー止まりません。
便座に座ったまま動けなくなりナースコール

看護師さんがかけつけてくれ腰をさすってくれたり、呼吸を促したりしてくれました。
トイレの中で必死に陣痛が遠のくのを待ちました。
自然と「フーン、フーン」と呼吸が荒くなり、話すことすらできない。
ものすごい汗が体中から出てきて、便座がぬるぬるしていたのを覚えてます。
“ここで産まれるんじゃないか・・・”そんな時間が15分くらい続きました。
一瞬陣痛が遠のいたとき、急いで部屋へ戻りました。
その日担当のベテラン助産師さんが内診してくれたのですが、朝の時点では「まだまだ時間かかるよー」なんて言っていたのに、内診した瞬間「・・・こりゃ産まれるわ
」とナースコール。「車椅子持ってきてー。206号室(子宮口)全開ですー」
ものすごい勢いで私を乗せた車椅子は分娩室に入っていったのでした。
2008.05.27.22:58
5月25日(日)あっちゃんと一緒に退院してきました〜


誕生してすぐ搬送された総合病院では、順調に回復して私達を安心させてくれたあっちゃん。
23日にNICUを無事退院して元の病院に戻ってきたのですが
戻った早々にした検査で黄疸にひっかってしまい、光線治療の為にまた離れ離れ
目の前で採血されたんだけど、泣き叫ぶあっちゃんを見て号泣してしまいました。
総合病院では黄疸治療の必要なしで退院できたんだけど、個人病院だからか基準数値が低く
黄疸の数値15以上で治療が必要なところ、あっちゃんは15.2での治療となってしまいました。
やっと一緒に居れる・・・そう思ってすぐだったのでまた涙が出てきました。。
あっちゃんが治療から戻ってきたのは翌日24日の午前10時。
このときから退院の25日午前10時までの24時間があっちゃんと一緒の入院生活となりました
あっちゃんがNICUにいるときから母乳を飲ませたいと搾乳にチャレンジしていたんだけど
陥没乳頭の私はなかなか搾乳もうまくできず、何時間も時間をかけてやっと50cc搾乳して冷凍。
あっちゃんの元へ届けに行って、そこで解凍してもらい授乳させてもらったりしていました。
一番最初に母乳を飲ませてあげたかったけど、最初はミルクを飲まされていてちょっとガッカリでした
母子同室になってからはあっちゃんと一緒に居れることが嬉しくて泣き
辛かった時間、頑張ったあっちゃんの今までを思い出しては泣くという・・・
泣き虫母ちゃんでした
あっちゃんと過ごす夜は今夜で4回目
夜は2回くらい起こされて授乳とおむつ交換。
日中もあまり寝れていないので寝不足の毎日だけど、あっちゃんを見てると癒されるので辛くはないです。
なかなか出なかった母乳も少しずつ出てくるようになりました。
乳首は吸われる度に飛び上がるほど痛いけど、一生懸命吸ってくれる姿は愛しくてたまりません
のりくんもあっちゃんが可愛くてたまらないらしく、育児にも協力的で助かっています
お風呂は2人がかりでやってるけど、大変〜(でも楽しい〜ッ
)
これからの毎日もあっちゃんを真ん中に楽しく育児したいです

我が子はめちゃめちゃ可愛いです
これから出産の皆さんも可愛い我が子に逢うために頑張ってくださいね




誕生してすぐ搬送された総合病院では、順調に回復して私達を安心させてくれたあっちゃん。
23日にNICUを無事退院して元の病院に戻ってきたのですが
戻った早々にした検査で黄疸にひっかってしまい、光線治療の為にまた離れ離れ

目の前で採血されたんだけど、泣き叫ぶあっちゃんを見て号泣してしまいました。
総合病院では黄疸治療の必要なしで退院できたんだけど、個人病院だからか基準数値が低く
黄疸の数値15以上で治療が必要なところ、あっちゃんは15.2での治療となってしまいました。
やっと一緒に居れる・・・そう思ってすぐだったのでまた涙が出てきました。。
あっちゃんが治療から戻ってきたのは翌日24日の午前10時。
このときから退院の25日午前10時までの24時間があっちゃんと一緒の入院生活となりました

あっちゃんがNICUにいるときから母乳を飲ませたいと搾乳にチャレンジしていたんだけど
陥没乳頭の私はなかなか搾乳もうまくできず、何時間も時間をかけてやっと50cc搾乳して冷凍。
あっちゃんの元へ届けに行って、そこで解凍してもらい授乳させてもらったりしていました。
一番最初に母乳を飲ませてあげたかったけど、最初はミルクを飲まされていてちょっとガッカリでした

母子同室になってからはあっちゃんと一緒に居れることが嬉しくて泣き
辛かった時間、頑張ったあっちゃんの今までを思い出しては泣くという・・・

泣き虫母ちゃんでした

あっちゃんと過ごす夜は今夜で4回目

夜は2回くらい起こされて授乳とおむつ交換。
日中もあまり寝れていないので寝不足の毎日だけど、あっちゃんを見てると癒されるので辛くはないです。
なかなか出なかった母乳も少しずつ出てくるようになりました。
乳首は吸われる度に飛び上がるほど痛いけど、一生懸命吸ってくれる姿は愛しくてたまりません

のりくんもあっちゃんが可愛くてたまらないらしく、育児にも協力的で助かっています

お風呂は2人がかりでやってるけど、大変〜(でも楽しい〜ッ
)これからの毎日もあっちゃんを真ん中に楽しく育児したいです


我が子はめちゃめちゃ可愛いです

これから出産の皆さんも可愛い我が子に逢うために頑張ってくださいね







